1999年07月01日
世界中の耳かきを集めて、耳かき屋をしたい。
これは私の密やかな夢だ。
縦長の店内には一面に世界中の耳かきが並び、
奥の襖を開けると二畳の青い畳の上に私が正座している。
お客様は店内で好きな耳かきを選び、二つの耳を私に預ける。
もちろんお客様の好きな音楽が流れている中で。
耳かきという快楽は耳かきをする側とされる側に存在する。
私は前者だ。これは収穫の喜びが多くを占めている。
様々なカーブを持つ洞窟のようなその場所に眠っている
「耳くそ」をいかにその形のまま取り出すかにも情熱を燃やすところだ。
きれいな耳よりもじっくり取り組める耳の方が嬉しかったりする。
耳くそはコナコナでもしっとりでも構わない。
片耳ずつ違う人もいて、その小宇宙はとても興味深い。
耳かきをされる側はまず身体を預ける勇気が必要だ。
無防備な姿をさらけだすことになるからだ。
耳かきは危険を伴う作業であるので、耳かきをする人に信頼のようなものがないと、
いざ、膝枕に頭をのせてもしっくりとは落ちつかない。
緊張は膝を通して伝わってゆく。
身体も時間も預けられたなら、その快楽は眠りを誘う程に耳から脳に広がるだろう。
友人がフランス、インドネシアに暮らしている。
もちろんあちらの耳かき事情を聞いてみた。
「そっちの耳かきはどんな?」
友は口々に言った。
「ないよ。」
この快楽を習慣としているのは日本だけなのであろうか。
世界中の人にきいたわけではないので、ここで言及はできないが、
そうなるとますます耳かき屋を持つ夢はつのるのだった。
舎長 明神慈