Heaven from 3cm above
1999年10月01日
自転車という快楽

ある人に指摘された。「自転車すきなんですね」と。
「風が起きるでしょ。ペダルこぎだすと」と私。
自転車ってすごい。くるくるとペダルをこぐと、世界は動きだし、スカートは
広がるし、髪なんてさわさわ音をたて始める。バイク好きな人から言わせれば、
そんな喜びは小川のせせらぎのようにチョロチョロしたものかもしれないが、
私のエネルギーには丁度よい。26インチのカゴ付の青い自転車。

自転車は様々な軌跡をつくりだすことができる。くちなしの香りにフラフラと
引き寄せられたり、欅並木や桜並木を波打つようにゆっくりハンドルをゆらし
続けたり。並木の梢越しに浮かぶ少し欠けた月を追いかけるのは、
楽しくも切ない、冷んやりとした時となる。
並木の下を駆け抜けると、枝葉たちの呼吸と供に、かすかな雨のように、その水分が
落ちてくるのが分かる。自転車のスピードはゆるめたり、速めたりしながら
その雨との出会いの曲線を進む。

自転車に乗ると、鼻歌を歌わずにはいられない。
それは恥ずかしさと隣り合わせの快楽だ。「フンフン〜」
あ、前から人が歩いてくる。少しずつ音量をしぼっていって、すまして
すれ違ったなら、また少しずつ音量を上げてゆく。
歩いてゆく人を追い抜かすときも、そのようにする。車はまったく気にしません。
信号待ちで窓の開いている車の隣に停車したなら、口の中で音無で回すから。
バイクも気にしません。あっちがブルンブルン言ってるから。
やっかいなのは相手が自転車の場合で、それもサビの部分で盛り上がっているにも
かかわらず、後ろで私を追い抜かそうともせず、同じ速度で進んでいる場合だ。
気付かなければ幸せだが、サビを通り越して自分のこぐペダル音とは違う音が
耳に入ってきたりしたら、もう方法は限られてくる。
次の角を曲がるか、スピードを上げて走り去るか、相手が抜き去ってくれるのを
祈るか、その辺の店に立ち寄るふりをしてブレーキをかけるか。
…もちろん歌いながら。後ろをふり向かずに。
「ごきげんだね」と声をかけられた時は、はずかしさののあまり笑顔をつくりつつ
走り去ることしかできなかったが、あの、他者との一瞬のコミニュケーションは
不思議な時空の垂直感がある。
携帯電話のアンテナがビビッととそこだけ立つみたいな。
そんな時間や場所は、これからどれくらい見つけられるだろう。
私は足がある限り、自転車に乗り続けるだろう。
風は待っていなくても、自力で起こせるから。

舎長 明神慈