Heaven from 3cm above
2001年11月09日
着物という宇宙

着物の美しさに魅せられたのはいつだったか。
妹は母の宝石箱をよく開けていたが、私は桐タンスだった。
樟脳が鼻につくたとう紙を丁寧に広げては、四季の花咲き乱れる着物や、
鳥や蝶がが羽根広げる帯に見とれていた。
心地よい絹の感触。

まっすぐな線と、平らな面で成り立っている着物。
まとうと、得もいわれぬ曲線を醸し出す。
歩くと裾がさわさわとゆれ、両手を広げると袖が羽根になる。
帯に守られた子宮はほんわりと浮かび、そのエネルギーを足元まで送り込む。
風邪をひいてフラフラでも、着物を着ると足元から頭の先まで気が通って、
しゃんとするのが分かる。

役者さんに着付けをしたり、仕事で着付けをすることがある。
その人の身体に線を馴染ませてゆくのは楽しいひとときだ。
私の「気」は、その人の呼吸に沿って、ここしかない輪郭をなぞってゆく。
「気持ちいい。」
多くの人が、今生まれたようなやわらかい声を出す。
目覚めてゆく人を見ているのは至福の時だ。

着物を着始めた頃は、締め付けることから凛とした美しさを知ってゆく。
かなり、マゾ的に。
そしてそのうち、ゆるめていい箇所と、ここだけは外せない締点が分かってくる。
そうすると、しなやかな美しさが内側から弓なりに顕れてくる。
背中から色気が立ち昇ってくる。
絹が、呼吸をし始める。
私たち人は美しい生き物であることを、後ろ姿で、思い出す。

舎長 明神慈