2002年10月06日
タプタプとゆれているのは、飲みかけのミネラルウオーター。
カバンの中で、歩くリズムに寄り添って丸い音をたてる。
私が急げばポムポムとうねり、ゆったり歩けばプムムムと流れる。
満タンの水は、ゆれることができない。
容器そのものに真空に呼応してしまっているから。
ほんの少し、戯れるための隙間をもつと、音楽が生まれる。
あちら側とこちら側の境界線でゆらぐことができる。
魚たちが水面を弧を描きながら飛んで遊ぶのは、それを知っているからだろうか。
海の底の深海魚たちは、水面の危うさを知ることもなく、
遠く淡い月光にその姿を映しているのだろうか。
水から生まれる命。水で失う命。
水平線は、空と海さえ曖昧に溶かし、
波打ち際では、私たちを水底まで連れ込もうと誘い続ける波の囁き。
渇いたのどに水が流れてゆく。
私は満たされ、私と共にゆれた小さな海は消えた。
舎長 明神慈