奈良の山奥。天川村「壺内」で真夜中のお散歩。
残り少ない夏休みの宵はふけてゆくばかり。
四方を深い深い山に囲まれたこの地は南朝の朝廷があった由々しき処。
追われる者は山へ逃げる。
時折、山光り。そして鎮座する闇。
「一人で歩いたら発狂するかも。」
S君がふざける。
人は恐怖に押しつぶされるのが好きだ。
(愛する人に逢いにゆくのなら、この闇さえも手探りで進んでゆくだろう。)
真っ暗な鎮魂殿からの帰り。やっと民家の灯りが友の輪郭を映し始めた。
安堵に心ほぐれて歩みを軽やかに転がせば、追いかけてくるのは後ろの電灯から伸びてきた三つの影。
なーんだ。私たち三人の影だった。
曇り空の向こうに流れる天の川を思う。
聞こえるのは雨の音に似た川の流れ。気の早い虫の声。
赤い欄干の橋の側に、お宿がある。
ここを流れる天川と空に流れる天の川は丁度十字になると誰かが言っていた。
幾度もこの地を訪れたのは、星で埋め尽くされたあの空を忘れられないから。
七夕祭りの何百もの灯籠の暖かい灯りが、私の命を思い出させてくれるから。
水が生まれるこの地で、自分をからっぽにできるから。
S君が道の真ん中で棒きれのようなものを見つけた。
小さな四つ辻の真ん中で。
懐中電灯で照らすと太〜いミミズだった。
ほとんど垂直に運動している。
ミミズって、もっとしなるのかと思っていた。
それは釣りの餌でカギ針にかけられるとき悶えていたからかしら。
ミミズには眼がない。
この四つ辻の左側は畑。右の畑から勇猛果敢な旅に出たミミズ。
後の二方はコンクリートと石垣で守られた家が建ち並ぶ。
選択を間違えると死が待っている。
早起きな小鳥の朝ご飯になるか、アスファルトの熱で干からびるか、
車に轢かれるか。猫のおもちゃになるか。
その行く末を見届けようかと思ったが、あまりにも時間がかかるのでお宿に帰ることにした。
「大丈夫そうだ。」
S君が懐中電灯を消した。
ミミズの歩は畑の方へ舵取りしたようにも見えた。
始まったばかりの彼の旅を、見守るのは夜風と曇り空。
夜露にすっかり冷えた身体を、新しい畳で迎えてくれたお宿に運ぶ。
夜の旅の続きは、お宿で身体を暖めたら、初めてこの地に足を踏み入れた
Rちゃんの一言から流れ出すのだろう。
もう眠っているKさんの寝顔を眺めながら。
名残惜しい夜をそっとそっと引き延ばしながら。
舎長 明神慈