昨年は夏がなかなかやって来なかったので、花火で夏を満喫した。
一回目は浴衣着付け所作指導ワークショップの浴衣美女たちと夜の公園で。
兵庫の知人が送ってくれた日本産和紙ですべて手作りの線香花火。
風が強くて繊細な炎のダンスを楽しむことはできなかったが、
浴衣美女たちの「命短し〜恋せよ乙女〜」の唄に乗って、
沢山の命は美女の指先で戯れ、踊り、そして消えていった。
二回目は大人の遊びを知る友人たちと「畳屋」ごっこで集まった夜。
目隠し鬼、膝枕でしりとり、タマの腕枕、全身マッサージなどのメニューが
揃い出て、メインの友人の誕生日を祝った。
自分の誕生日も近かったので、セットで祝っていただいた。
ほろ酔いに下駄をつっかけ、公園に出かけ、
浴衣姿や作務衣の男女が光と闇を手に手にもてあそぶ夜。
やはり締めは線香花火。
さっきまであんなにはしゃいでいた大人たちが、
こんぺいとうを含んだような唇をしている。
いがいがをゆっくり溶かしてゆく閉じられた小さな海の入り口。
誰もがまだ地上に出てこない蝉を思い、線香花火の震える魂を見つめていた。
三回目は富山・利賀村の合宿。本物の闇が辺りを包んでいる。
明日は幼稚園でのワークショップ発表。ひたすら稽古に励む夜。
花火をやると聞いて、稽古中断。
窓から覗けば、ワークショップ講師のT女史や息子のKくん、
ワークショップ研究会のメンバーたちが光と煙の中で笑っていた。
足早に表に出て、遊びに加わる。
「ま〜ぜ〜て〜」
命の危険を知りつつ、美しさに心奪われる日本人の夏の遊び。
色とりどりの炎の花を咲かせる大きな子供たち。
魔法の文字で好きな人の名前を描いているかもしれないHさん。
「きれいだよ〜やす〜」とふざけるKさん。
炎は、切ないほどに私たちの内なる炎をくすぐる。
残り火を抱えて生き続ける人は、いつかまた燃え上がるのだろうか。
内なる炎がなくても、目の前の炎で充分に身も心も照らされる。
私は今、燃えているだろうか。それとも照らされているだけだろうか。
最後の線香花火が消え、私たちは全員「地上」に着地した。
舎長 明神慈